2016年11月5日土曜日

韓国は終焉~~か

二度も謝罪はしても、記者の質問は受け付けなかったとか、他の記事には
会ったけど、自尊心なのか・・・
ほぼ一年だわ、次期大統領もそれほどの人物はいないし終わりだな・・・
   
【萬物相】「私はこんなことをするため大統領になったわけでは…」

「正常な国政運営が不可能だった。在任中、最もつらく孤独な時間だった。


執務しても仕事が手につかなかった。ありとあらゆる煩悶、悔恨で
夜も眠れなかった」。金泳三(キム・ヨンサム)元大統領は、1997年に
次男の賢哲(ヒョンチョル)氏があっせん収賄などの容疑で身柄を
拘束される直前の心境を、回顧録でこのように記した。
「賢哲の背中を突いてでも、前もって海外に送っておけばという無念の
気持ちが起こることもあった」という表現もある。

金泳三・元大統領は、この時期の大統領府(青瓦台)を「監獄」に
なぞらえており、一日も早く任期を終えたかったという。
「一体なぜ大統領になろうとするのか分からない」という言葉を、
当人から直接聞いた人物もいる。

金大中(キム・デジュン)元大統領の任期末、大統領の二人の息子が
身柄を拘束される時の状況は、李姫鎬(イ・ヒホ)夫人が生々しく
伝えている。
「家庭の中でも外でも、言葉を失くした。それぞれ書斎で別々に過ごし、
夜遅くにようやく母屋の奥へ向かった。
夫が死刑宣告を受けた時も、これほどつらくはなかった。
一日も早く青瓦台から出ていきたかった」。
李夫人は、月刊誌のインタビューで「2002年は悪夢」と語った。
李明博(イ・ミョンバク)前大統領は、12年に実兄の
李相得(イ・サンドゥク)氏が身柄を拘束された時、頭を下げて謝罪した。
「胸がつぶれる思いで、とても顔を上げられない。
今になって、誰かをとがめることができるだろうか。
全て私の不覚」と語った。

韓国の憲政史上初めて国会から弾劾を受けるなど、紆余曲折が多かった
盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は、誰よりも後悔した。
盧・元大統領は09年、飛び降り自殺をする2カ月前に書いた文章の中で
「政治、するな」と記した。
「得られるものに比べ、失わなければならないものの方がはるかに
大きいから」だという。
「大統領になろうとしたのは間違いだったようだ」という記録も残した。

そして今、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が
「崔順実(チェ・スンシル)氏問題」をめぐって2度にわたり謝罪し、
悔恨をあらわにした。
「夜も眠れない。私はこんなことをやるために大統領になったのかという
気持ちを抱くほどつらい思いばかり」。
93年に文民政権が発足して以来、5人の大統領がそろって大統領に
なったことを後悔するのを見ながら、この人々を
選んだ韓国国民はもっとつらい思いをしている。

政治の専門家は「帝王的大統領制」の問題を指摘している。
大統領の帝王的な力は、親類・側近が「虎の威を借る」ことを
可能にしているという。結局、

大統領本人に責任がある。特に朴大統領はそうだ。朴大統領は、こういう
不正を防ぐために作った特別検察官が崔順実氏を取り調べようとすると、
すぐさまこれを無力化してしまった。システムではなく、大統領の意思と
周辺管理の問題なのだ。こんな状況でも、まだ表沙汰になっていない面々が、「自分だけは例外」と信じて「ミル(竜)」になるため跳ね回っている。

李河遠(イ・ハウォン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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