2015年6月30日火曜日

ハンギョレ・ルポ、ソウル眠らぬ街、悲しい町

原文をそのまま転載、写真等は原文で・・・・

[ルポ]ソウル永登浦「集娼村」で過ごした三日間(上)
登録 : 2015.06.14 18:30修正 : 2015.06.28 06:25
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紅い灯が点ると銀色の靴がガラスドアの外に

6月3日午後9時、ソウル・永登浦の集娼村に女性が座る。辺りが暗くなり店毎に赤い照明が点ると銀色の靴がガラス窓の外に出てくる。お客を誘惑する1階はガラス窓で囲まれ露出するが、2階の部屋には開閉装置が付いた鉄門を通過しないと行けない=カン・ジェフン先任記者//ハンギョレ新聞社
ソウルに隠れている影の部分を訪ねます。ソウルの顔にはならない裏道に沿って歩きます。 都市の夜を歩いてみます。 この都市に宿った孤独と夢、懐かしさと憂鬱、温もりと悲しみ、愛と孤立を描こうと思います。 見知らぬ人の暮らしの中に入ってみます。 生きていくということ、生き抜くということ、生存するということの美しさを描いてみようと思います。 最初の今回はこの都市に長らく実存してきたが、ただの一度も存在性を認められえなかった空間を訪ねました。 ソウル・永登浦(ヨンドンポ)の「集娼村」で3日間を過ごしました。

 「ちょっと、ちょっと」。私は足を止めて振り向いた。S姉さんが半分ほど開いた店のドアの前で手を振って呼ぶ。 小雨が降っていた。 雨を避けるために片手で頭を隠し、S姉さんの方に歩み寄った。「傘を持って行って。雨が降ってるじゃない」。姉さんは紫色の傘を差し出した。 その日は明け方から空が曇っていたが、朝8時が過ぎて雨がポツポツと降り始めた。「また遊びにきて」。私は姉さんから借りた傘を持って再び道を歩いた。 振り返らなかった。 アタッシュケースを持って出勤する人波の中を、地下鉄の駅舎に入った。 一日を始める人の波をかきわけ、私は一日を終えた疲れた顔で地下鉄に乗った。 家に戻ってゲタ箱の脇に濡れた傘を置いた。 倒れ込むようにベッドに横になって眠った。 こんな生活が数日続いている。太陽が黄金色になってゆっくりと沈む頃、沈む直前に起きて化粧をして、外に出て行き、朝になると家に帰ってきた。

 この眠りから覚めれば私は再び昼の生活に戻る。朝起きて見知らぬ人々と出勤し、退勤して夜になれば子犬と一緒にふとんを首まで引き上げて眠るだろう。S姉さんは昼の生活をよく知らない。 焼き付ける陽射しの強烈さや皮膚に触れる日光の透明さもよく知らない。 出勤時間帯、閉じる直前の地下鉄に飛び乗る人や、雨が降る日に濡れた服と傘で湿っぽくなった地下鉄の空気、恐ろしいほどに淡々とした表情で地下鉄駅のエスカレーターに乗って一列に並んで上がったり下りたりする出勤途中の行列もよく知らない。

素顔を消す

 6月2日午後5時30分。ソウル永登浦の路上でS姉さんに初めて会った。 大型ショッピングモール タイムスクエア付近の集娼村に住む姉さんは43歳だ。一週間に一日か二日を除けば、毎晩化粧して髪を整えてS姉さんの一日は始まる。 ゆったりとした綿のワンピースにスリッパを履いた姉さんは、起き抜けのやつれた素顔だった。 美容室に行くところと言った。 彼女について美容室へ向かった。 集娼村にはここで仕事をする女性のための美容室が2カ所ある。 長く働いている女たちがよく行くのはヨンミ美容室だ。 1966年から続いている。 美容室の片隅には古びたレザーソファとテーブルがあり、名前と決済内訳がぎっしりと書かれた赤い手帳がテーブルの上に置かれている。 お客さんが座るみっつの椅子のそばの壁についた古い扇風機はくるくると回っている。 2階の美容室の窓の外には「牛島(ウド)ソルロンタン(牛骨煮込みスープ)」のネオンサインが点滅し、道路を走る車は少しずつ遅くなる。 退勤時間が始まっていた。 ショートカットの中年美容師がアイロンを当てるとS姉さんの髪の弾力あるウェーブが現れた。

 きれいになったS姉さんは美容室から20メートルほど離れた店に歩いていく。 「どうぞ入ってください」。三、四人入れば満杯になるほどの店のガラスドアを開けて一緒に入った。 階段を昇り2階に上がった。S姉さんの部屋があった。 接客して営業が終われば眠る個人の空間だ。 カバーで覆われた高く大きなベッド、香水と人形がきちんと整理された飾り棚が白で統一されている。 ここが永登浦集娼村だということを意識しなければ、普通の女性の部屋だ。 お客さんがいない時は自分の部屋のように思えるように室内を整えたという。 S姉さんは座式の化粧台の前に座って鏡を見つめた。 私はS姉さんの背中側に座って化粧する姿を見ていた。

 「ここにはどうして来たのですか?」

 「いいとか悪いとかいうことじゃなく、ただここで人々がどのように暮らしているのかを書いてみるつもりです。 法律違反とか、女性を商品化しているとか、そのような視線もあるけれど、その視線の向こう側には人が生きていく姿があるのだから。いつか遠い将来にはなくなる空間でしょう。 4年前にある設置美術作家が集娼村の空間を作品にすると言ってついてきたことがありました。 ここのショーウィンドーの前の椅子に座ってタイムスクエアを見たら、建物が普段と違うように見えたと言います」

 「あ、はい」。S姉さんは扇のように長く豊かなまつげを精巧に目に付けた。 黒いアイラインを太く描くと、目が一層引き立って見える。疲れているように見えていた顔が少しずつ消えていく。 S姉さんと3日間、この空間で一緒に過ごすことにした。 化粧をしながら話を聴いていった。

 「ここが人生の終着駅と言うじゃない? 普通は喫茶店、酒場、ルームサロンを経て最後に集娼村に来ます。私の場合は、腹を括って集娼村にそのまま来ました。 それが満で33歳だったから、もう10年になりますね。 光州(クァンジュ)で中小企業の経理の仕事ををしていました。 家は貧しく、サラ金からお金を借りて私債も借りました。 めちゃくくちゃな督促を受けて、私債業者が会社に訪ねてきて。 (借金が)どんどん増えて破産直前でした。 友達の紹介でソウルに来ました。 永登浦の事業主から借りたお金で私債を返しました。 誰かに無理に引っ張って来られたわけでもないけど、自分の足で入って来ながら、最初の3、4カ月はどのように過ごしたか覚えていません。泣いて、笑って。 そんな感じでした。 ここに初めて来る時には計画がありました。 1年だけのつもりだったのですが、それが3年になって、5年になって。 そうしているうちに10年になりましたね。 今は(この生活を)受け入れられるようになって大丈夫です」

 化粧をしている姉さんの脇に白いマルチーズの子犬が寄ってきて尻尾を振っている。 隣室に住むNさん(33)が飼っている犬だ。Nさんの友人の友人が育てた犬だが、主人が酒を飲んではこの犬を殴ったという。 それを見てNさんが奪い取るように犬を連れてきた。 犬の名前はピンキーだ。「この町には犬や猫が本当にたくさんいます。 捨てられた動物たちも多いんです。 他の店で働いているOさんが飼っている犬の名前はトリムです。 道林洞(トリムドン)で拾ったからと。 私たちみたいに事情のある動物たちです」。S姉さんは化粧を時間をかけてていねいにした。 化粧を終えたS姉さんが後を振り返った。 顔には生気が漲っていた。 やつれていた素顔は完全に姿を消していた。 舞台に立つ俳優のように、顔に活気が漲り鮮明に見えた。「私だって自分が社会悪であることは分かっています。 堂々と言えることではないから」

髪を整えあでやかな化粧をした
女はここで10年を過ごし
お姉さんが2階でお客さんをもてなす間
猫はショーウィンドーでうずくまり
女が戻ってくることだけを待っている
午前3時、集娼村の小部屋に入り
眠りを誘えば色々な音が聞こえてくる
値段を駆け引きして入ってきて靴を脱ぐ音
タイマーが鳴って男が出て行き
低速走行する車が女たちを盗み見る

紅灯が点る

 S姉さんが営業を準備する間、私は外へ出ていった。200メートルの通りが暗くなると紅い灯が店ごと点る。 集娼村付近のショッピングモール「タイムスクエア」が営業を終了する2時間前だ。 集娼村は午後8時に営業が始まり翌朝6時に終わる。 23歳から43歳、“アガシ”と呼ばれる女たちが髪と化粧を終えて“ホール服”(お客さんを迎える時に着る服)を着てショーウィンドーの前に座る。 ぽっちゃりとしたアガシ、ガリガリにやせたアガシ、胸の大きいアガシ、背の高いアガシ。 店のガラスドアの向こう側に1人、または2~3人のアガシが座っている。 マネキンのようにショーウィンドーの前の椅子に座ってポーズをとっている。 アガシ60人がこの通りで仕事をしているが、仕事に出てくる日もあり、出てこない日もあるという。 営業中の店は25店舗だ。 この通りで使われる人称代名詞は四つだ。 事業主や店を管理する男は“アジョシ(叔父さん)”、店で清掃や料理を引き受けるおばさんや美容師は“アジュンマ(叔母さん)”、お客さんをもてなす女性は“アガシ(お嬢さん)”、夜にこの道を通る男は老若にかかわらず“オッパ(兄さん)”だ。

 この通りの端に立てば、店の外にひょいと出ている足が一列に見える。みな同じ靴だ。 黒いパンタロンに履く30センチの黒いブーツか、尻しか隠れない短いワンピースに履く銀色の15センチのハイヒールだ。 顔も、着ている服も異なるアガシは、一列にガラスドアの前に座って足を組んで座り、片足を斜めに店の外に差し出す。 時間が経つほど、店の外にひょいと出ている足が震える。 足を揺らしているのだ。 お客さんが来ないので退屈極まれば短いワンピース姿のアガシが店の前にしゃがんでたばこを吸い始める。 ガラスドアの外でパンツが見えないように太ももに座布団を挟んでうずくまる。 太陽が沈むまでは男たちも通らない。 まだ完全には暗くない。

 夜9時が過ぎて一人二人と男たちが道を通っていった。 真っ黒なスモーク・フィルムを貼った車が通る。 運転者はアガシ見物をするので、タクシーまでがこの通りに入れば低速走行する。 車より歩行者の方が速いほどだ。 スモークを貼った窓の中で男たちは見物の自由を感じる。 女を盗み見る。 アガシたちにはスモークを貼った窓の内側は見えない。 視線は一方的だ。 男たちが時々通りを過ぎ去るたびにアガシたちは彼を注目した。 笑いかける。 話しかける。 手ぶりをする。

 白髪混じりでグレーの背広を着た中年男性が足早に歩いていく。 アタッシェケースを持っている。 男はよそ見をせずに単にこの街を通り過ぎる人のように直進して、ある店の中に入っていった。 アガシに挨拶もせずに真っ直ぐ2階へ向かう階段を上がった。馴染みの客らしい。 あのアガシの常連かもしれない。 視線をそらさず早足で歩きながら、目ざとくあのアガシを選んだのかも知れない。 あどけない顔のアガシが50代と見える男について2階に上がる。 手に数万ウォンを握ったアガシが階段を降りてきて事業主がいる部屋に入る。 事業主にお金を渡したのだろう。 15分で7万ウォン(約7800円)。手ぶらのアガシが再び2階に上がった。 アガシの姿が消えるとガラス窓の向こう側に猫一匹だけが座っている。 アガシが飼っている猫の“ココ”だ。 15分ほどで男が降りてきて、ガラスドアを開けて出て行く。 女は再びプラスチックの椅子に座り、うつむいて携帯電話を見つめる。 二人はこれといった挨拶もしなかった。 アガシと15分を共有した男は、この通りを抜け出れば15分間のことを口外しないだろう。 明日は昼の世界に戻って職場に出勤するのだろう。 昨日のことは完全に忘れてしまうだろう。 知らないふりをするだろう。


三人の男が永登浦集娼村街を歩いている。 一人の男の視線がガラス窓の中に立つ女に向けられている=カン・ジェフン先任記者 //ハンギョレ新聞社
 この道を通る男たちは皆がガラス窓の前でアガシを盗み見るが、やりかたはそれぞれだ。 背広姿でアタッシュケースを持った男は、先ほどの中年のようにちょこちょこ歩いて急いで店内に入ってしまう。 背広の後姿にまで他人を意識している。 20代初めと見える男は一人では通らない。 タイムスクエアで“アイ・ショッピング”をするように群れをなしてこの通りを何度も繰り返し通り過ぎる。 アガシに話しかける。 冗談を交わす。料金の駆け引きもしてみる。 くすくす笑って喜ぶ。 他人の視線は意に介さない。 ジャージやくたくたの登山服を着たおじさんは、この二つの部類の中間ぐらいだ。 背広男のようにちょこちょこ歩きはしないが、20代の男たちのようにくすくす笑うこともない。 ジャージのおじさんと背広中年男の間に違いがあるとすれば、背広男はキョロキョロせずに何も見ていないように通り過ぎ、そして店内に消えるが、ジャージ男は頭をキョロキョロさせ女を探し回る姿が見え見えだという点だ。

 しばらく通りに立っていると、永登浦集娼村の事業主代表であるO氏が店の外に出てきた。「ここを利用する男たちは20代から60代だ。一人暮らしの亭主、なかなか結婚しない男、だいたいそんなところだ。 一度は杖をついた80代のおじいさんも来たことがある。 そのおじいさん、家に帰る時に靴を履けなかった。 腰を曲げられないので。 アガシが靴を履かせた。 先日は腕と脚がない障害者も障害者タクシーに乗ってきた。 手脚がないので、男になる機会がないのでしょう」

金を受け取る

 この通りを歩いて疲れた。S姉さんが仕事をする店に行った。 姉さんはお客さんと2階に行っていて、Nさんだけが店の前に立っている。Nさんはからだに密着した短いワンピースを着ていた。 客引き行為をする1階から階段を昇って2階に上がる前に見れば、他に部屋が二つある。一つは厨房で、もう一つは金庫や服の置き場に使われる。 金庫部屋に入って電気も点けずに腰を曲げて横になった。寝るわけでも、寝ないわけでもない。少しするとS姉さんが私が横になっている部屋に入って来た。 白いふとんと毛布を持って出て行った。「疲れたでしょう、休んで」。ふとんの上に横になったが通りから音がずっと聞こえてくる。

 「兄さん、こっちに来て」「帰るの?」「(車から)降りて、降りて」。化粧をする前まではとても静かだったS姉さんの声は媚びがまじっている。 目はしっかり瞑っているのに、耳は色々な音で一層そばだつ。 料金を駆け引きする声が聞こえ、見慣れない男たちの入ってくる足音が聞こえる。 階段を上がる前に私がいる部屋の前で男が靴を脱ぐ。 男と女が階段を上がり簡単な話をしてS姉さんが2階の部屋でお客さんの相手をする時の声が聞こえる。 15分が過ぎてタイマーが鳴れば、男が階段を降りてくる。 その後からS姉さんがついて降りてくる。「さようなら」。彼らは別れの挨拶を交わした。 その夜、タイマーが大きく鳴ってもなかなか降りてこない男もいた。 そういうときはNさんが1階から2階の部屋に向かって声をかけた。「姉さん、行こう」

 低速走行をする車両とバイクの轟音、男と女の声は酒に酔ったようにふらついて私が横になった集娼村の小部屋に押し寄せてきて抜け出て行った。 お客と別れたS姉さんがドアを開ける。手にお金が握られていた。 15分に7万ウォンを受け取れば、3万5000~4万ウォンがアガシに戻る。 カギの番号を合わせて金庫に入れようとするようなので、金庫に背を向けて後戻りして横になった。 姉さんには夢があった。 小学校の先生になって子供たちを教えることだった。 お金を入れた姉さんが外に出て行った。 その日の夜、金庫には貧しいお金が積もっていった。

 しばし眠った。 目を明けると午前4時40分だ。 集娼村のガラスドアを開けて再び通りに出た。紅い灯がまだ点いていた。 <来週に続く>

パク・ユリ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-06-13 15:57
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/695752.html
訳J.S(6668字)


[ルポ] ソウル永登浦「集娼村」で過ごした三日間(下)
登録 : 2015.06.22 00:03修正 : 2015.06.27 18:14
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紅い灯が消えた通りは、朝になると白い洗濯物だけが翻っていた

ソウル永登浦の集娼村の塀に風が吹く。前日の痕跡が洗われたタオルが翻っている。朝になればショッピングモール タイムスクエアに人々が集まり、集娼村は一件ずつガラスドアを閉じて赤いカーテンを下ろす。 集娼村の朝は死んだように物寂しい=パク・ユリ記者 //ハンギョレ新聞社
ソウルの影の部分を眺めます。ソウルの顔にはならない裏舞台を辿って行きます。 都市の夜を歩いてみます。 この都市に宿った孤独と夢、懐旧と憂鬱、温もりと悲しみ、愛と孤独を描こうと思います。 見知らぬ人の人生の中に入ってみます。 生きて行くということ、生き延びるということ、生存するということの美しさを描いてみようと思います。 初回に訪ねたソウル永登浦の集娼村で眠り、朝には白いご飯を食べました。 人々はこちらに来たという痕跡を残さずにいなくなります。 痕跡は記録や思い出、傷になりますから。

 夜と朝の間の時間。 夜は遠くに去り、朝にちょっと入り込んだ時間、午前4時40分。 ソウル永登浦「集娼村」のS姉さんの店の空室で眠って起きて、店のガラスドアを開けた。 青黒い大気に紫色のインクが染みて星は姿を消した。 前夜この通りで女たちを盗み見ながら低速走行した車とバイクの轟音、男と女の声が酒に酔ったようにふらふらしながら私が寝ている部屋に押し寄せては抜け出ることを繰り返した。 数時間が過ぎた明け方のこの通りには、お客さんの姿はもういない。 紅い灯の下で夜を明かしたアガシがきつい表情で椅子にもたれて座った。


集娼村の向い側にプラスチックの椅子を出して、座ってタイムスクエアを見上げた。ある種の空間や位置はそちらの情緒や空気をそっくり伝達してくれる=パク・ユリ記者//ハンギョレ新聞社
 集娼村の向かい側に灯の消えたタイムスクエアのガラス窓に、衣料品店のマネキンが立っている。淡い照明を受けたマネキンが新しい服を着て、それぞれ異なる視線で世の中を見つめる。 タイムスクエアはまだ開店していない。 1時間20分後には集娼村がドアを閉めるだろう。 太陽が完全に昇って明るくなった通りに人が込み合う前にカーテンを下ろしてこの都市から隠れるだろう。集娼村通りの終端、“ヨンシルロ24道”の表示板で左に曲がった。夜明けに小売り商人たちが商品を仕入れていく永登浦青果物市場に着いた。 濃いニンニクの香りが漂う市場の片隅で、商人がおかず数品を載せたステンレスの食膳の上に手を伸ばし一匙すくう。ご飯を食べる。集娼村に戻ってきた時間は3日の午前6時。 通りにアガシの姿は見えない。 紅灯が消えた通りに私一人が立っていた。

馴染みの犬が夜道に出て来る

 昼間の集娼村には風が吹き洗濯物が翻る。昨日の痕跡だ。 集娼村とタイムスクエアを画する塀に洗濯紐がかかり、きれいに洗われたタオルやふとんが風にひるがえる。7万ウォンを払ってアガシとの15分を過ごした男たちの痕跡は朝日を浴びて水気を失う。 お客さんの姿が消えてドアが閉められた集娼村、店ごとに赤いカーテンを下ろしても洗濯物は簡単には乾かない。 朝、アガシが長い眠りにつくと、イモ(おばさん)が店のドアを開けてガラスを磨く。 食事と洗濯をする。 アガシが眠りにつく時、私も家へ帰った。 午後5時になれば6628番バスに乗って永登浦に戻った。

 この通りが目覚める午後5時になると、私のように仕事もないのに現れる人がいる。 ジャージ姿にもじゃもじゃ髪の男は、本物か偽物か分からないルイヴィトンの手提げ鞄を持って毎日姿を現す。 5、6年前に女性服を着て初めて現れたという。 おかしくなっていると言った。彼がこの通りになぜ現れたのか、誰もその男の過去を知らない。 誰も尋ねなかった。 その男はその時から毎日集娼村に来るようになった。 1966年からこの通りを見守ってきたヨンミ美容室のレザーソファに座ってお嬢さんの髪を見物していた。 もともとこの通りの人だったかのように、彼も、人々も慣れた。 彼に名前ができた。 チンシル サムチョン。集娼村で事業主や店を管理する男たちは“サムチョン(叔父さん)”、掃除や料理をする女たちは“イモ(叔母さん)”、お客さの相手をする女性は“アガシ(お嬢さん)”と呼ばれる。 チンシル叔父さんは、ホール服(お客さんを受け付ける時に着る服)を着たアガシがタバコや飲み物を買って来てと言えばおつかいをする。アガシが駄賃を与える。 この通りの中央にある京城薬局とヨンダル家のトッポッキ店の前にある小さな階段に座っていれば、行ったり来たりするチンシルおじさんの姿がしばしば見える。 ひけらかすことが多いこの世の中で、訳ありの人々が集まって暮らす所、集娼村。 彼らにとってこの通りは、息をつき生きていける唯一のぬくみを与える場所なのかもしれない。

 消えた紅い灯が点いて、薬局とトッポッキ店が閉まればこの通りの人々が階段で休んで行く。 事業主が出てきて座っていれば、また別の事業主が出てきて二言三言話しかける。 アガシに物を売る商人も階段に座る。 果物売りのリヤカーのおじさん、子犬の服やペットフードを売る商人、ヘアバンドやアクセサリーを売る女、ホール服を売るおばさんも集娼村を巡って商品を薦める。アイスコーヒーを売る70歳のおばあさんもトッポッキ店の前に座って注文を待つ。 おばあさんは2年前まで永登浦集娼村の事業主だった。 不思議とお金に縁がなかったという。 入ってきたお金は風のように簡単に出て行ったという。 取り締まりに引っかかりもしたし、裁判になれば弁護士費用として出て行った。 「ここで20年商売したが、休むとあちこちからだが痛くなって。 それでコーヒー売りを始めた。仕事があるので痛みもあまり感じない。 私もいろんなアガシと知り合ったが、一番記憶に残っているのは嫁に行ったアガシ子供たちだよ。 嫁がせる時に話した。 『ここから出たら後を振り返ってはだめだよ、私にも電話なんかしちゃあ駄目、達者に暮らせ』って」

 夜になればアガシの飼っている犬や猫も道路に出てくる。事業主を手伝って店を管理する未婚の男が、23歳のアガシのプードル“ペペ”を抱いて散歩をしている。 「何を間違って食べたのか、肝数値がものすごく上がって、この子が生死をさまよいました。 アガシが仕事をしているので犬を連れて夜に町内をひと巡りするんです。 アガシは愛情に飢えているんです。それで犬を飼うのです」。昨日、グレーの洋服を着た中年男性の相手をしたアガシ(31)が寝巻姿で閉まっていた店のドアを開ける。このアガシは今日は休みだ。 眼鏡をかけて素顔のアガシが、猫の“ココ”を抱いてコーヒーを売るおばあさんに近付く。「おばさん、ココはみんな分かっているみたい。おじさんには猫アレルギーがあるんだね。 それでここのところ遊んでくれなくて、近づきもしなかったんだよ。この子、便が出ないの。ストレス受けたみたいで。この子、口では言えないだけで、全部感じているから」。コーヒーを売るおばあさんが孫を受け取るようにアガシからココを引き取ってふところに抱いた。

紅灯の下で夜を明かしたアガシが
きつい表情で椅子にもたれた
集娼村近隣の青果物市場で商人が
片隅で明け方のご飯を匙ですくった
アガシも夜明けに白いご飯を食べる
集娼村は朝になるとカーテンを下ろす
前夜の痕跡を消してドアを閉める
塀際にはきれいに洗った洗濯物が
風に翻っている
叙事が省略された通り

 永登浦の事業主代表O氏も薬局前の階段に出てくる。「ウチの店が他の店より大きいでしょう。大きな店にアガシを満たすには職業紹介所にお願いすれば良いんだけど。でも、人が生きる所と考えると、ちょっとね。ただ知り合いの紹介でアガシを入れているんだけど、今はアガシ一人だけだ。 アガシ私も、常に取り締まりの対象になるけど、私は率直に言って世の中が虚飾に満ちていると思う。フィリピン遠征買春に豪華ルームサロン、ミラールームにイメージルームに…どんどん増えて、そこで楽しむ者も多いのに、取り締まるにはここが一番簡単なんだろう。ところで、貴女は結婚してるの?」

 集娼村の路傍に椅子を出して明け方まで座っていれば、見慣れない男が話しかけて来る。「いくら?」ホール服を着たり濃い化粧をしなくても、30代の女が夜に長く座っていれば訊いてくる。黒いスモーク・フィルムを貼った車両の中の男は、窓を開けて顔を半分ほど出した。 人が歩く程度の低速走行をする車の中の男が、静かに近づいてきて、手を伸ばせば届く距離まで近づいた。 目と目が正面からあった。 男が微妙な笑みを浮かべる。 あんたが誰なのかは分からないが、何の仕事をしているのかは分かるという表情だ。 あんたが誰かを知る必要もないけど、7万ウォン出せばすることができるという笑いだ。 男が通り過ぎ、私は椅子に座って過ぎ行く車の後ろ姿を眺めていた。 男と女が近づくまで、世の中のこっちの端とあっちの端に暮らした二人が、相手の息づかいが聞こえる程近くに立つまで、偶然と縁が繰り返されて二人だけの叙事を作り出す。 この通りでは偶然と縁、叙事が省略された。15分の情事が繰り返された。

 子供を産んだアガシも通りに出てくる。N(33)はシングルマザーだ。子供を妊娠しボーイフレンドと別れた。堕ろそうかとか、孤児院に預けようかとも考えたという。 産まれてくるとNによく似た男の子だった。駄目だった。Nはここで稼いだお金で子供の面倒を見てくれる母親に養育費を渡している。 お客さんの相手をする小さな部屋でNと話を交わした。 深い話はできなかった。 「世間の人が私たちを見る視線には2種類あります。軽蔑と同情ですね」。営業する前に化粧しながら何を考えるのかと尋ねた。 「子供にチョコパイでも買って、おもちゃの一つでも買ってあげよう」。淡々とした声に微細な変化を感じた。 私が先に部屋を出て、Nが後から出た。Nはガラスの前の椅子には座らずに、壁についた鏡をぼんやりと見た。目の化粧を直した。Nはお客さんの相手をする内側の部屋に入ってしまった。しばらく出て来なかった。 Nは再びガラスの前に出てきて男たちに「ねえ、ねえ」と呼ぶ。Nが仕事をする店の向い側にいた私は引き返した。ガラスの外からNを眺めることも、質問をしたことも申し訳なく思った。 彼女に対して持った気持ちが同情ではなかったのか、確認できなかった。

カーテンを堕ろしてご飯を食べる

 集娼村では仕事を終えた明け方に夕食を食べる。S姉さん(43)、N(33)と私は午前6時になると店にカーテンを下ろして台所のある部屋に丸く座った。食卓に上がったキュウリの冷製スープと干したイワシ、青唐辛子とちりめんの炒め物、焼き魚は前日おばさんが用意しておいたものだ。マニキュアを塗った長い爪のS姉さんの手が包丁を持ってスイカを切る。

 「包丁が切れすぎるの。なぜかこの包丁が怖くて。N、夜は台所の部屋に鍵掛けて置く方が良くない? 誰だって台所に包丁があることくらい分かるんじゃない? この前の男、覚えてる? ちょっとよそ見をしている間に店の中に入ってきた男。他の店のおじさんが急いで入ってきて送り出したじゃない」

 隣の店の黄色い髪のアガシが台所の中をのぞき込む。「姉さん、パッド」。黄色い髪のアガシはお客さんと関係する時にベッド カバーに敷くパッドを借りて、両手に抱いて戻った。Nとマルチーズの子犬ピンキーが2階の部屋に上がって、S姉さんと私だけが食卓に座ってスイカの種をほじくった。

 「初めて会ったお客さんを覚えている。初めの数カ月は私のからだを耽溺するのが本当に嫌だった。蛇が這うような感じだったから。私が3日目に相手をしたお客さんが今も時々来るの。そのお客さんが、私が10年前にどんなだったかを話して、私を時々からかうの。私がここに来て3日目に、そのお客さんと部屋に入ると、後ろを向いて服を脱いだんだって。お客さんの隣に横になって、しばらく何もしなかったんだって。『サービスしないの?』と言われて、それから起きて、汚いものを見るような表情で顔をそむけて二本の指でつまんだって。

 長く会った男がいた。この仕事をする前から会っていた男だけど、永登浦集娼村に来てからも3年間続いた。 だんだん申し訳なく思えて、目を見れなかったよ。その人は私がここで仕事をしていることを知らなかった。 会って8年目に別れた。 別れる時、理由がなくて他の男ができたと嘘をついた。 その男が言った。『それで君は私と寝るのが嫌なんだな』。ここに来てから、その人と寝ることがとても辛かった。その時に結婚していたら、私の荷物がその人荷物になったはず。別れて良かったんだと思う。

 ここで仕事をしていればば誰でも限界が来るの。 4,5年前、あまりにしんどくて辞めて出て行って旅館の部屋を一つ借りた。4カ月ぐらい暮らしたよ。コンビニでアルバイトをした。 お客さんの相手をしないから本当に全く自由だったよ。自分のことだけ考えようと出て行ったんだろうね。 ところがそれは簡単なことじゃなかった。 両親が頼れるのは自分しかいないのに…。 結局戻ってきた。 この通りの裏の路地に、昔ここで仕事をしていた歳をとった姉さんが暮らしているの。通りがかりに姉さんに会う時があるわ。 私もあのようになるのじゃないだろうか、そんなことを考えて。 初めは計画があったけど、もう10年になったよ。 ここに来てから母親が脳卒中で倒れた。 病院費がかさんで、私も人間だから、お母さんががもう逝ってくれたら…自分がおかしくなった、何を考えているんだ、そうでしょ。心を打ち明けて過ごせる後輩が1人いるの。あっちの他の店にいるんだけど、その子がカカオトーク送って来た。「姉さんは本当に仕事をしたくない時はどうしてるの?」それで私が答を送った。「職場だと腹をくくると。 具合が悪いだの、誕生日だの言って休めるわけ?」今、私にとってお客さんの相手をするのは仕事だ。何の感情もないよね。好きなお客さんなら声も出すけど。

 私だって分からないわけじゃないけど、時々お客さんと話していて嫌になる時がある。 それでも私は仕方ないと思う。 井の中の蛙というか、永登浦を出て暮らしていけるかと思うと。 歳をとってから自分の話はあまりしない。お客さんや妹の話を聞くばかり。でも今日は自分の話をしてしまったね」

 私はスイカを噛んで飲み込んだ。S姉さんとスイカを食べていると朝になった。

 S姉さんのいる店で三晩を過ごし、明け方のご飯を三回食べた。最後の5日の朝には雨がしとしと降っていた。 その日は午前6時から豚の三枚肉を焼いてビールを飲んだ。 その前夜、私は申京淑の小説『母をお願い』をS姉さんに差し出した。S姉さんは最後の日の朝、飾り棚から包装をはがしてもいない新しい香水瓶を取り出した。「私はプレゼントは貰いません、貰えません」。香水を持った彼女の手がしばらくはにかんでいた。「プレゼントではないんだけど? 私の気持ちです」。静寂が流れた。 彼女から香水を受け取った。 家に帰ってベッドのコーナーに香水瓶をのせて寝ついた。 起きると香水が引き出しに入っている。私の母はどんな物でも引き出しやカバンに入れる習慣がある。 香水を取り出して、またベッドのコーナーに上げておいた。 S姉さんが毎晩お客さんの相手をする場所にも小説が一冊あるだろう。

 「あまり外に出ないから映画をダウンロードして観ようと思い、お客さんの相手をする部屋にIPTVを付けた。タイムスクエアの前に住んでいながら、映画館には一年に1、2回しか行かない。 あまり外に行かないのは、体でする仕事なので疲れるからだと思っていたけど、考えてみるとどこかに隠れていたくてそうなのかもしれない」

パク・ユリ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-06-19 10:12
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/696781.html
訳J.S(6691字)

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