2015年8月19日水曜日

【コラム】安倍談話vs朴槿恵談話

近頃、韓国メディアと云うよりメディアに寄稿する記事の内容が少なからず
変化があると感じるが、この間の ”謝罪要求はこれぐらい・・”にしても
そうだが、70年談話と光復70年演説をくらぶれば見劣りはどっちだ。
それにしても、ハングルに “艱難辛苦“など、四字熟語の概念や存在が
あるのか・・・?
まあね、70年たっても李朝末期から進歩が無い事は確か・・・

【コラム】安倍談話vs朴槿恵談話(1)
2015年08月18日16時47分 [韓国経済新聞/中央日報日本語版]

「20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り…」で始まる
安倍首相の談話は苦悩の跡が歴然だ。受容と排斥は各自がすることだが、
複雑な心思だけは十分に伝わったと考える。
率直で丁重な、しかし十分に挑戦的な…! 
安倍首相らしい文章だった。戦前の日本の誤謬を認める部分は非常に率直で
あり、日本国内でも受け入れがたい人が多かっただろう。

「日本は次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした新しい
国際秩序への挑戦者となっていった」
「力の行使によって解決しようと試み、国内の政治システムはその歯止めたり
得なかった」などの評価は、村山談話では見られなかった。
植民地支配(韓国)と侵略(中国)に対してもう少し明確な反省と謝罪が
あればという物足りなさは残るが、日本自らに対する評価は一歩前進した。
村山談話が原因・結果に対する説明なく植民地支配と侵略を謝罪したことに
比べ、反省文の形式としても非の打ちどころがない展開だ
戦争に向かった経過が安倍談話にそのように新しく込められた。
もちろん弁解や合理化の試みという点も否認できない。
それは今後の行動が証明するだろう。

談話の分量が長かった。
長い説明は真実を表したりもするが、真実を隠すためのレトリックでもある。
その点は惜しまれた。
アジアやアフリカの人々を勇気づけたという日露戦争の評価もそうだ。
時計を逆に回す場面だった。
日露戦争の時期までは問題がなかったと主張するように聞こえたりもした。
そうなると朝鮮侵略は巧妙に否認されることもある。

安倍首相が談話を発表した翌日、朴槿恵(パク・クネ)大統領の
光復節(8月15日)70周年演説が行われた。
日本に対する激昂した声を自制したという点で幸いであり、前例の踏襲を
免れた。しかし
別の面で満足できる演説ではなかった。演説の最初の段落からそうだ。
大統領は「70年前の今日、わが民族は独立に向かった情熱と献身的な
闘争で、ついに祖国の光復(解放)を成し遂げた。
殉国烈士の不屈の意志と愛国心は今日の偉大な大韓民国を建設する
土台になった」と述べた。しかしこれは部分的な真実にすぎない。

70周年を迎えた植民地朝鮮の解放は、米国など連合国が勝利した
結果であり、我々の内部の闘争の結果だけではなかった。
李承晩(イ・スンマン)などごく少数の先覚者を除けば、それは
植民地朝鮮人の予想外の事件だった。
その後3年間、激しい建国過程があったが、8.15解放そのものは
連合国の勝利の結果だった。
自由主義が全体主義に対する世界史的な勝利を収め、その後にも米国と
血盟体制を維持したのが韓国人にとって大きな祝福だったということが
言及されればよかった。
大統領が言及した70年間の奇跡のような成功も、韓国が自由の陣営に
属したこと、米国など友好国の呼応があったためだという事実は否めない。

それが真実に近く、しかも世界に対する礼儀だ。

歴史には大韓民国の建国のように偶然の祝福もあるものだ。ただ自分たちの
努力だけで解放されたと言えば世界は内心、嘲笑するかもしれない。
独立闘士の艱難辛苦に感謝する気持ちと自由の同盟国に感謝を表すのは全く
矛盾しない。
サンフランシスコ条約は日本の敗北を確定する条約だったが、韓国がその
戦勝国の名簿に入らなかったという事実を指摘するからといって、殉国烈士の
犠牲が軽視されるわけでもない。

闘争の結果ではなかったという事実は恥ずかしいことだが、それを
自力争奪に言い換えるのはもっと恥ずかしいことだ。

痛みの歴史を反省できてこそ、奇跡のような、そして偉大な成就を
誇ることができる。
我々が旧韓末のその特定の時期を大韓帝国と高めて呼んだり、
高宗(コジョン)皇帝と呼ぶ時、言語の虚しさを感じるのもそのためでは
ないだろうか。
出発は厳しかったが、すでに十分に自らの成功を誇れるほどの国に
成長したのが大韓民国だ。
これ以上、何のレトリックが必要なのか。
大韓民国の解放とその後のことに関し、世界の友邦に感謝を表明するのは
日本の謝罪を受けることほど重要だ。
成熟した国であるのならそうしなければいけない。

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