2017年3月15日水曜日

韓米国交樹立を勧めた李鴻章

この記事は、東亜日報の記者が書いたものか、まるで李氏朝鮮が中華の
属国で無くなったのは米国のおかげみたいな事を云っているが、日本と
中華の「下関条約」なんぞは忘れているのか、それとも口が裂けても
云いたくないか~~~~~ww  ww.
国旗にしてもそうだ、朝鮮にそんな概念は無い、日本との条約に日本から
国旗が居るから準備してくれとの要請に日本に来る船の中で取り急ぎ
作ったのだから原型との位置もちがうわ~~な。

韓米国交樹立を勧めた李鴻章
Posted March. 13, 2017 08:40,  
Updated March. 14, 2017 07:43????

韓国に米国と国交樹立を初めて勧めた国は?中国だ。
1879年に北洋大臣の李鴻章が朝鮮領議政の李裕元(イ・ユウォン)に送った手紙で、ロシアの脅威を取り上げ、米国、英国、ドイツなどとの
条約締結を勧めた。
国力が衰えた中国が西欧列強を引き込む「以夷制夷」構想だ。さらに
1880年、日本に修信使として向かった金弘集(キム・ホンジプ)に
中国の参賛(書記官にあたる)黄遵憲が、
「親中国、結日本、連米国」の方策を盛り込んだ「朝鮮策略」を伝え、
朝鮮朝廷は「オランケ」と考えていた米国との修好通商条約締結を
前向きに検討することになる。

◆中国は1882年、朝米修交条約の締結過程では妨害した。
李鴻章が「朝鮮は清の属邦だ」という内容を第1条に
明文化しようとした。しかし、
米国の全権特使ロバート・シューフェルト提督が朝鮮は独立国だと強く
反発し、結局削除された。
シューフェルト提督は、同年5月の調印式で、朝鮮が清の龍旗やこれを
一部変えた旗を持てば属国であることを認めることになるとし、国旗の
制定も促した。
太極旗が正式に制定される前だったので、朝鮮は「太極図形旗」を
臨時に作った。

◆中国の近代啓蒙思想家である梁啓超は、日清戦争の敗北と関連して
李鴻章の12の責任を問い詰めた。その第一は、
「朝鮮が様々な国と条約を締結するよう誤って勧めた」ということだ。
当代の先覚者だった梁啓超は西欧文明の受け入れを主張し、朝鮮の
開化派知識人にも多くの影響を与えたが、中国の属国だった朝鮮が
外交権を行使することには不満だった。
梁啓超は朝鮮の亡国に「むせび泣き、涙を流さざるを得ない」と
悲しんだが、朝鮮の無能を嘲る文も残した。

◆米国は1905年の桂・タフト協定後、韓米関係を断絶し、
韓国戦争後、韓米同盟を構築した。
一世紀前から韓国を自主独立国と認め、「大国」だからと
脅迫したこともない。
中国が高高度防衛ミサイル(THAAD)問題に高圧的に出てくるのは
歴史的に見慣れた中国の素顔だ。
下心はほかにあったが李鴻章の勧めが結果的には正しかった。

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