2018年3月7日水曜日

いつか見たような=韓国

まァ、言わんとする事は判るが、韓国・朝鮮人がよくもまあ
言えたもんだ。
北朝鮮人が自分達とは違う・異質の民族とでもいうのか
いつか見た光景は、日本が韓国と北朝鮮を何年も何度も見た
光景そのものだからだ、韓国人が仲介役を任じてると思ってる
事がそもそも間違い。
これは韓国自身の問題だろう、これを失敗すれば韓国は先頭に立って北朝鮮と戦わなくてはならない、・・・・

【コラム】いつか見たような=韓国(1)
2018年03月06日16時20分  [中央日報/中央日報日本語版]

春の訪れが感じられた三一節(抗日独立運動記念日)の朝、
極東ロシア、沿海州が思い浮かんだのは、その果てしない
平原に眠っている独立志士らの霊魂のためだった。
1937年に18万人の朝鮮人が中央アジアに強制疎開と
なったウラジオストクの新韓村には記念碑が立って
いるだけで、韓国人の痕跡はない。そこから
北側に位置するウスリスクには李相ソル(イ・サンソル)
先生の遺墟碑があり、南側には安重根(アン・ジュングン)
義士が断指同盟を結成したクラスキノがある。
広大な草原と境界地域の山脈に埋められた多くの抗日闘士の
英霊は100年が過ぎた今、世界の火薬庫になった
韓半島(朝鮮半島)を見下ろしている。
核弾頭を立てた北朝鮮と高層ビルで対抗する韓国の極限的
対峙状況を察したのだろうか、沿海州と中国大陸を飛び交う
烈士はまだ安らかに眠ることができない。

心が安らかでないのは韓国の高齢世代も同じだ。
対南統一戦線部長、人民軍隊長の金英哲
(キム・ヨンチョル)が泰然と非武装地帯を通過した。
その場面は70代、80代の戦争トラウマに鋭く触れた。
韓国哨戒艦「天安」爆沈、延坪島(ヨンピョンド)砲撃
事件の責任者と見なされた金英哲、1946年生まれで
幼年期に戦争を目撃し、あの特別な北朝鮮体制で
「戦争機械」の象徴人物になった彼だ。
今年70代初めのある先輩が長いため息をついた。
「私は今まで戦争恐怖症に苦しんでいるのに同年輩の
あの人は戦争狂になった」と。

ところが反転が起きている。北朝鮮の態度に変化の兆しが
はっきりと表れている。
洪準杓(ホン・ジュンピョ)自由韓国党代表が
「犬穴から潜り込んだ」と述べ、別の人は
「射殺すべきだ」で相づちを打った。
例年なら平壌(ピョンヤン)朝鮮中央放送で大騒ぎに
なっているはずだが、金英哲は口を閉じたまま招請状を
確認して戻った。
7回目の核実験を懸念していたのはわずか3カ月前、
いったい何が起きたのか。
軍部の強硬派が戦略を変えるにはあまりにも短いこの期間に
あの急旋回の理由は何か。

米国の全方向封鎖戦略が成果を出した。
北朝鮮の資金が枯渇したのだ。金融封鎖、海岸封鎖、
人材封鎖が北朝鮮政権の首を絞めたという証拠だ。昨年、
北朝鮮労働者が一斉に撤収し、飲食店も次々と閉鎖された。
韓国開発研究院(KDI)は北朝鮮の石炭輸出が
66%減少し、対中国輸出額は70%、食糧生産は
2%減少したと発表した。さらに
核兵器部品の取引先が次々と摘発された。
労働党創建日、金正日(キム・ジョンイル)総書記の
誕生日に配給量が減ったのはその表れだ。

【コラム】いつか見たような=韓国(2)

北朝鮮は危機感を感じているに違いない。
北朝鮮の南北首脳会談開催の提案はこのような背景から
出てきた。
北朝鮮が差し出した招請状に韓国政府がすぐに確答を
しなかったのは評価に値する。
招請状には決まって対価目録が書かれていた。
金日成(キム・イルソン)主席の急逝で首脳会談が
なくなった後、北朝鮮の招請状を実行したのは
進歩政権だけだ。
金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が
そうであり、そして今は文在寅(ムン・ジェイン)政権。

金大中政権は贈り物として5億ドルを渡した。
盧武鉉政権は開城(ケソン)工業団地を与え、
200万キロワットの電力供給を約束した。
李明博(イ・ミョンバク)政権はコメ50万トンと
1億ドルの請求書を受けたが、結局は決裂した。
朴槿恵(パク・クネ)政権は最初から壁を築いた。
今回はどんな要求事項だろうか。
「いつか見たような」その誘惑と背信の苦い経験を
文在寅政権は忘れてはならない。

トランプ米大統領のビジネス本能はこの地点で
断固としている。
25年間うんざりするほど聞いた「対話の用意がある」に
これ以上だまされないと釘を刺した。
得のない対話は無効だ。
彼はむしろ強硬姿勢で対抗した。
大規模サイバー攻撃を暗示し、打撃に準ずる
軍事オプションを公言した。「とにかく攻撃!」。
清々しいが「韓半島火の海」の悪夢が全世代に広まった。
対北朝鮮特使は米国と北朝鮮の強硬な態度の間で綱渡りを
するアクロバットだ。落ちれば終わり、苦労して構築した
小さな展望台は吹っ飛ぶ。

実際、もっと耐え難いのは北朝鮮であるはずだ。
封鎖戦略がさらに1年ほど続けば北朝鮮は砂漠の草のように
枯死するかもしれない。
青年の金正恩は90年代初めに北朝鮮住民300万人が
餓死した惨劇を話でのみ聞いた。
極限的な経済恐慌の前で鉄人はいない。
そのような理由から招請状に添付される対南請求書を
破り捨てる断固たる態度が必要だ。いつか見たような
あの失敗を繰り返す時ではない。
北朝鮮がさらに危機感を抱くようトランプ大統領の
激しい路線を後押しする必要がある。
「非核化原則!」。
いま平壌と敵対している対北朝鮮特使団が胸中に刻むべき
スローガンだ。
「非核化? 笑わせる」と平壌当局が一蹴しても、
オウムのように繰り返し叫ばなければいけない。
そうしてこそ手ぶらで追い返されても米国の信頼が
崩れない。
仲介外交がうまくできなければ双方の猛攻に直面する。

北朝鮮の対南戦線に明らかに異常が発生している。
沿海州・中国に埋められた烈士が当分はそれを注視しろと
いう。
戦争機械の作動を止める最善の方策は
「原則の推進」ということだ。

  宋虎根(ソン・ホグン)/コラムニスト/ソウル大教授

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