2019年10月30日水曜日

煉炭配達して文大統領を育てた母親・姜韓玉さん死去

まさに訃報やね、まだ母親が生きていたとは知らなかったが
母親も、息子の任期後の悲惨な人生を見らずに済む・・・・

煉炭配達して文大統領を育てた母親・姜韓玉さん死去(1)
中央日報/中央日報日本語版2019.10.30 08:257

2016年、文大統領と母親である姜韓玉さんが出かけている。青瓦台は
「葬儀は家族で静かに行う予定」と明らかにした。ソン・ボングン記者

文在寅(ムン・ジェイン)大統領の母親である姜韓玉(カン・ハノク)さんが29日、老患で死亡した。
青瓦台(チョンワデ、大統領府)高ミン廷(コ・ミンジョン)報道官はこの日、
「文大統領の母親、姜韓玉さんが29日、享年92歳を一期として亡くなられた。
文大統領は故人の遺志に従い、葬儀は家族で静かに行う予定であり、弔問と弔花は
丁重にお断りするという意向を伝えた」と話した。
高報道官は「哀悼と追慕の意向は気持ちで伝えるよう願う」と付け加えた。
葬儀は3日間、家族葬で行われる予定だ。

文大統領の幼い時代は故人が1人で責任を負った。
文大統領の父親である故・ヨンヒョンさんは日帝時代に名門の
咸興(ハムフン)農高を卒業して興南市庁農業係長を務めたエリートだったが、
韓国戦争(朝鮮戦争)で避難して韓国側に来た後、事業をして困難を強いられた。
「経済的に無能だった」(自伝『文在寅の運命』)という父親の代わりに生計を
立てたのが故人の母親だ。
救護物資である衣類を市場の屋台で売り、煉炭を家ごとに配達した。
父親は文大統領が軍隊を除隊した後、進路問題を悩んでいた1978年、
心臓まひで息をひきとった。

男2人・女3人の5人兄弟の中で長男である文大統領の母親に向かった切なさは
格別だった。
『運命』では「拘束、そしてお母さん」というチャプターがある。
文大統領は「護送車がちょうど出発しようとする瞬間だった。
お母さんが車の後ろで駆け付けておられた。
腕を掻き回して『在寅! 在寅!』と私の名前を呼んでいた。…一人でお母さんを
思うと、いつも思い浮かぶ場面」だと書いた。
本の所々には「お母さんが引っ張っていた煉炭リヤカーを後ろから押しながら
自立心を学んだ」
「貧困の中でもお金を最高に思わないように教えたお母さんの教えは生きてくる間
多いに役に立った」のような表現がある。

故人を思う文大統領の心がよく表れる愛蔵品が黙珠指輪だ。
忙しい政治日程で教会によく行けないことを心配していた母親が23年前に
黙珠指輪をプレゼントし、その時から今まで文大統領は左手の四番目の指にその
指輪をはめている。大統領になった後にも時々合間を縫って母親に会った。
2017年5月就任後2週ぶりに初めて有給休暇を出して
釜山影島(プサン・ヨンド)で母親に会ってきたし、その年10月の
秋夕(チュソク、中秋)の時は母親を迎えて青瓦台で祭事を行った。

最近ではちょうど前週末である26日、釜山を訪れて母親の健康状態を確認した。

故人は2017年4月、大統領選を1カ月余り控えて中央日報とインタビューを
行ったことがある。当時、故人は
「息子は予測可能だ。心が変わるような人でない。
財布が薄ければ薄いままに、厚ければ厚いままに生きる人」と話した。
大統領の直系家族が死亡した時、葬儀の手続きを定めた規定は別にない。


青瓦台は文大統領の母親が国家葬の対象に該当しないため、家族葬で行うのが
自然だという立場だ。
5人兄弟の長男である文大統領が喪主として弟・ジェイクさん(60)と
姉・ジェウォルさん(70)、妹・ジェソンさん(64)・ジェシルさん(57)
などと葬儀室を守るものと見られる。
家族と近い知人などを除いて弔問客は受けない予定だ。

青瓦台関係者は「文大統領はこの日から特別休暇を始める。規定によると、5日まで
休暇を使うことができることが分かった」とした。これに伴い、31日、
青瓦台で開く予定だった公正社会反腐敗政策協議会議は自然に延期された。
文大統領は翌月3~5日、タイで開かれるASEAN関連首脳会議には出席する
意向が強いという。
現職大統領が直系家族葬を行うのは、1974年8月朴正煕(パク・チョンヒ)
元大統領の夫人・陸英修(ユク・ヨンス)さんの葬儀が唯一だ。

篤いカトリック信者である姜さんはこの日午後7時6分ごろ、釜山中区大庁洞
(プサン・チュング・テチョンドン)のメリノール病院で亡くなった。
遺体は午後7時40分ごろ、南川(ナムチョン)聖堂に運柩された。
南川聖堂は釜山で最も大きい教会だ。
故人の運柩を積んだ白い車両に従って文大統領と金正淑(キム・ジョンスク)夫人が
乗った黒い車両が聖堂に入った。
車から降りた大統領夫妻が聖堂地下1階の葬儀場に入った。

大統領警護処は聖堂の正門・後門で外部人の訪問目的をいちいち確認するなど、
出入りを厳しく統制している。車両のナンバープレートなどを確認した後、
青瓦台関係者など主要人物でなければ送りかえしていた。
青瓦台警護チームは記者らの映像・写真取材も阻止した。
李在明(イ・ジェミョン)京畿道(キョンギド)知事の謹弔の旗の搬入も阻止した。

葬儀室は葬儀場内2つの祈祷室の中で第1祈祷室に用意された。
祈祷室の正面に故人の影像が置かれ、その右側で文大統領が弔問客を迎えることが
分かった。
文大統領の最側近3人を(イ・ホチョル、チョン・ヘチョル、ヤン・ジョンチョル)の中で政治に身を置いていないイ・ホチョル元青瓦台民情首席がこの日、葬儀室を
訪れた。
イ元首席は弔問を終えた後「沈うつにおられたが…(慰労の)お言葉が
見つからなかった」と話した。
文大統領が葬儀場として南川聖堂を選んだのは故人がカトリック信者であるうえに、
大統領として執務空間が必要で選んだことが分かった。
南川聖堂側は31日午前10時30分に葬儀ミサを行うと公示した。これに先立ち、
文大統領は29日午後、釜山のある病院で故人の臨終を見守った。

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